仙台に来ています

 日本精神神経科診療所協会の「こころのケアチーム」での参加のために、仙台に来ました。明日から23日まで「こころのケアチーム」の活動に参加、24日は仙台のACTチームにお邪魔する予定です。

 13時10分浜松駅発のひかりに乗ると、17時過ぎには仙台に着いてしまいます。意外なほど近いですね。けれども、うっかりしていて、携帯電話の電源が切れてしまって、もう、もう、すごく焦りました。というのも、東北新幹線については携帯電話を改札の機械にあてると、自動的にデータが入力される(だから切符はいらない)モバイルスイカで予約していました。が、電源が切れてしまっては、モバイルスイカが使えない可能性が大ですよね。
 詳細は省略しますが、もう、もう、すごく焦って大変な思いをしましたが、最終的には予定通り予約した席に座れて、どうにか仙台まで着きました。

 途中、福島県での写真です。iPadを持って行ったので、青いピンで自分のいる場所が地図上でわかります。この写真の中央の青いピンが自分のいるところ、赤いピンはちなみに福島第一原発とその関連施設です。

地震あったの??の仙台駅周辺

 仙台駅からホテルまで、キャリーケースと大量のおみやげもあり、徒歩で15分ほどかかりました。仙台駅周辺は日曜日の夕方ということもあり、人がたくさん繰り出し、賑わっていました。

 本当に地震があったのか、確か仙台駅も相当の被害があったと報道があったけれども、信じられません。広瀬通りも木が青々とおいしげっています。
 けれども、こんな張り紙があることから、やはり地震があったのだなあと感じられます。

 ホテルに着き、夕食をとろうかとロビーに出たら、偶然に、同じく日本精神神経科診療所協会で仙台に来ているメンタルクリニックダダの副院長、看護師、PSWさんとばったり出くわし、そのまま夕食をご一緒しました。副院長はご実家が南相馬ということもあり、南相馬のお話や今日行かれた石巻の様子などを話してくれました。

南相馬のニュースで、津波で高齢者施設がやられたとか言うでしょ、でもね、その施設より海岸よりにいっぱい人が住んでいたんだよ。そういう人たちは本当に全滅なんだよね」
「集落のなかで3世帯しか生き残らなかった、あとの人たちは生きているか死んでいるかもわからない。家族全員がそういう状態だと、発信・届け出すらできないからね」
「双葉厚生病院とか、ひどかったよね。原発の爆発の破片が病院にとんできたっていってたよ」

 そうなんだあ・・・。

 とりあえず、明日以降、自分の目でみたこと、耳できいたことを、忘れないうちにこうやってみなさんにご報告できればと思います。 上久保真理子(PSW